フジコレイヤー1 |
あれは夏休みをあと数日後に控えたある日。 「今日は転校生を紹介する」 教室に入ってきた担任がそう言って後ろを振り返る。 ペコリと頭を下げたのは、明るい髪色の美少女。 あれは……俺は記憶の奥にその少女の面影を見つける。あれはたしか…… 「不二です」 そう、不二だ。子供の頃向かいに住んでいた女の子。近所だったため小さい頃は一緒に遊んだりもした。まちがいない。あの髪の色、にこにことほほえんでいる表情も全然変わっていない。小学低学年の頃に両親の仕事の都合とかで外国に引っ越した後は音信不通だったのだが、そうか、戻ってきたのか。 不二は教室内を見回して、自己紹介をしている。一瞬俺の上にも視線は来たが素通りしてしまった。俺だと判らなかったのか? HRが終わるのを待って、不二に声を掛ける。 「不二」 「……」 こちらを振り向いた不二はしかしその表情に?をのせたままこちらを見上げている。 「覚えてないのか? 昔向かいに住んでいた手塚だよ。手塚国光」 「手塚、くん? ごめん。人違いでは?」 「え……」 そんなはずはない。小学生の頃はこの街に住んでいたと言っていたし、名前も同じだ。これで同姓同名の赤の他人でした、はあり得ない。 「失礼」 小さく呟くと不二はそそくさとその場を立ち去った。 これは、どういうことだ? 本当に覚えていないのか? それとも判っていて無視しているのだろうか? しかし無視されなければいけないようなことはなにもないはずなのだが。 その日は不二のことを視線で追ってしまった。柔らかいほほえみも何もかもが昔のままなのに。不二は結局一日中俺のことを無視し続けた。むしろ避けてすらいるようだ。 いくら記憶をたぐり寄せても、避けられなければいけないようなことをした覚えはない。一度ちゃんと話さなければ。 「不二……」 放課後、学校を出た不二を追って、なんとか話をするきっかけを作ろうとしたのだが。 「きゃー」 「いやー」 「うわっなんなんだ!」 「なにか爆発したぞ」 「誰か暴れ回っているらしい」 商店街に出たところで騒ぎが起こっていた。 逃げまどう人混みの中に不二の姿も見える。 「我々サカキタロストはこの星を第235番目の植民星とすることにした」 昔の特撮に出てきた怪人のようなのが暴れている。これは、なにかのアトラクションかなにかなのか? 「きゃー」 怪人が近くにいたサラリーマン風の男をコンクリートに叩きつける。弾んだ男をぐしゃっとイヤな音とともに踏みつぶす。 「……」 不二の口がなにかを呟くと、逃げまどう人の流れに逆らうようにして薄暗い路地へと入っていくのが見える。 「何をしているんだ?」 不二の不自然な行動が気にかかって、その後を追う。 「こんなところで何をしているんだ?」 不二を追いかけながら声に出して呟くが、それは不二には聞こえなかったらしい。 キョロキョロと辺りを見回すと、不二は廃ビルと見られる古ぼけたビルの隙間に入り込んだ。 ますます彼女の行動は謎だらけだ。なんだってこの状況でこんなところに忍び込まなくてはいけないのか。単に逃げるのなら人の流れに沿って逃げていた方が遠くまで逃げられただろう。ここは、人目には付かないので見つかりにくいとは思うがあの危ない奴らのいる現場からほとんど目と鼻の先といっていい場所なのだ。 「んっ」 「はぁ……あ」 くぐもった声が聞こえてくる。なんだ? 「ダメ、もっと……」 荒い息と湿った水音まで聞こえてくるに至って、慌てて踵を返した。 しかし、なんだってこんなところで、こんなシチュエーションでそんなことをしているのか? 混乱した俺は床に散らばった割れたガラスを踏んでしまったらしい。 カチャン はっとした時には遅かった。 「あ……」 「手塚……」 不二と真正面から目が合ってしまった。スカートをたくし上げ、下着の中に差し入れた指が淫らに動いている。うっすらと汗を浮かべた不二の表情はまるで…… 「あ、イヤ、ああーーっっ」 絶叫を放った彼女から光が零れてきて。まぶしい光の中で不二は…… 「フジコレイヤー、見参」 ピッと額に手を当ててポーズをとる。 「青い地球を守るため、胸の鼓動が天を衝く。正義の戦士フジコレイヤー悪の現場にただいま参上」 「なんだ〜? なんだか弱っちそうな奴だな〜。オイ適当にやっとけ」 キャンキャンとうるさそうな男が怪人にやる気なさげに命令すると、怪人一人を残して奴らは煙のように消え失せた。 「負けないよ」 短いスカートが風に舞い、長いリボンが旋回する。 それは一瞬の出来事だった。 怪人はサラサラと砂のように散っていった。それを見て、一人残っていたサカキタロストの一人が「まさか」と小さく呟いて、やはり魔法のように消え去った。 俺は夢を見ているのか。なにからなにまでが謎だった。 ベッドの中で、今日あったことを色々と考えていたら眠れなくなってしまった。サカキタロストとは一体なんなのか。植民星って……そして不二のあの行動。変身。 「わからない」 「なにがです?」 突然声がしてびっくりして飛び起きた。 「だ、誰だ!?」 「ああ、これは初めまして。乾貞治。不二の弟、というふれこみのアシスタントロボットです」 「ロボット?」 眉間にしわが寄ってしまった。だいたいこのばかでかい眼鏡の男はいったいどこから湧いて出たんだ? 「最初から話した方がよさそうだね」 ともかく乾の話は荒唐無稽だった。地球征服をたくらむ宇宙の組織。それがサカキタロスト。そしてその存在を早くから察知していた不二の父が戦士として戦闘能力を強化したバイオボディーを開発していたらしいのだ。その不二父も今はサカキタロストに捕らえられてしまった。父の遺志を継いで不二がバイオボディーに意識転換を行い、フジコレイヤーとして奴らと戦うことにしたのだという。 「しかし……」 「不二は、意識転換の際に少し幼少時の記憶があいまいになっているみたいだな」 「それで俺のことを覚えていなかったのか」 「フジコレイヤーに変身するには、ドキドキエネルギーを充填する必要があるんだよ」 「ドキドキエネルギー?」 俺はなんだかイヤな予感がしている。 「そう。端的に言えば性的な高鳴りをエネルギーに変換するわけだ。そして手塚、君は不二のドキドキエネルギーととても相性がいいらしい」 「地球を守るために、手伝ってもらえるかな?」 眼鏡がきらりと光った。 突然、幼なじみが実はアンドロイド(ちょっとちがうか?)でしかも地球の平和のために戦っていて、そのために手伝えと言われても。荒唐無稽すぎて対処のしようがない。 「応えは明日まで保留でいいよ」 明日、不二と一緒に来るから、考えておいて。そう言って乾は窓からヒラリと身を躍らせた。ここは二階だぞ。ああ、ロボットだと言っていたっけ。 頭痛がするのは気のせいだろうか。とりあえず、明日になればこの妙な夢から覚めていますように、と祈りながら俺は眠りについた。 「……」 「……」 「……」 三人で俺の部屋で頭をつきあわせているところだ。 「で、手伝ってくれる気になったかな?」 乾が切り出す。 「手伝うと言われても、俺には戦ったりする術はないのだが」 「手塚には、ドキドキエネルギーの充填の手伝いをしてもらいたいんだが」 「?」 「不二をドキドキさせる手伝いをしてくれたらいいよ」 「……」 不二は俯いているが、その頬は真っ赤に染まっている。 「不二と手塚は相性がいいらしい。エネルギーの効率のいい補充が期待されている」 「……不二は、それでいいのか?」 コクンと小さく肯く。 「……そうか」 それでは覚悟を決めねばなるまい。不二のお父上を救い出すためでもあるわけだし、地球を守るためでもある。 「不二を、ドキドキさせればいいわけだな?」 「やってくれるのか?」 「否やは許されないのだろう?」 まぁ、その通りなんだがね、と乾が眼鏡を押し上げる。 「それじゃあ、昨日の戦闘で実はもうエネルギーが底をついているんだ。さっそく頼むよ」 ボクは一応席を外してあげるから、ごゆっくり。と今度は窓ではなく部屋の扉から出ていった。 二人、取り残された俺と不二を妙な沈黙が包む。 「じゃあ」 俺は不二に向き直ると、正面から不二を見下ろした。 今は体の線の割とはっきり出るニットの長いセーターにミニスカートを履いている。他に座るところもなくて、ベッドの上に腰掛けていた彼女の隣に移動する。 ビクンと不二が緊張したのが伝わってくる。 そっと手を伸ばす。 膝の上に揃えられた手の上に手を重ねる。思ったよりもあたたかい。小さな手を包み込む。 「……どうだ?」 不二の俯いた顔を覗き込む。 「え?」 不二が顔を上げる。視線が正面から絡み合う。 「どうだ、ドキドキしてきたか?」 「……は?」 不二の視線が揺れる。いい感じだ。 「もしかして、キミはこれでドキドキしてるの?」 不二の言葉に、心臓が飛び上がらんばかりに波打つ。そりゃあ、ドキドキするだろう。手を握っているんだぞ!! 「脈拍数、体温ともに上昇。汗の分泌も弱冠値上がっている。うーん、さすがだ手塚。手塚はドキドキしているみたいだぞ」 突然乾がドアを開けて入ってきた。あまりにもびっくりしたものだから、飛び上がりそうになってしまった。 「……手塚」 少し呆れたような不二の声。 「手塚にドキドキダイナモがついていればよかったのにね。そしたらD2エネルギーの補充も簡単だったのに」 「……不二はドキドキしないのか?」 驚いたような表情で不二を覗き込んでくる手塚に、不二は呆れるしかない。 「しかし、手塚の変身姿ははっきり言って誰も見たくはないだろう」 乾の言葉にうっかり想像してしまいそうになって不二はあわてて頭を振る。ミニスカートで、ヒラヒラのフワフワで、胸元のばっちり開いた、はっきり言えば男受けしそうなコスチュームに身を包んだ……手塚。 「犯罪だな、それは」 乾は自己完結したようだ。 「ともかく、手塚がどんなにドキドキしてもエネルギーの充填はできない。手塚、がんばって不二をドキドキさせてくれ」 そんなことを言われても、どうすればいいというのだ? ドキドキさせる? 「手塚……」 不二が間近で見上げてくる。目が潤んでいる。 「地球を救うために、手塚も勉強してね?」 言って、不二は俺の手を取ると胸元に押しつける。うわっ! 柔らかい感触に手がこわばる。 目を閉じた不二の顔が近づいてくる。 心臓が爆発しそうに波打って、俺の頭は真っ白になる。 「やはり、手塚のドキドキエネルギーをうまく利用できないものかな? その方がかなり効率良さそうだし」 乾の声が遠くで聞こえた。 がんばれ手塚。地球の平和のために。 愛と勇気で今日もフジコレイヤーをドキドキさせてくれ。 |
えーと、小さい本シリーズからの再録です。 フジコレイヤー。某18禁ゲームのダブルパロなんですが知ってる人いるのかな?(笑) ゲーム自体は知らなくても読めるはずですが、でも超おもしろいゲームなので、18歳以上で男女モノ嫌いじゃない人は是非とも探してみてね。アリスソフトの「エスカレイヤー」っていうゲームです。 |